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第9回 歌うクジラたち
エジプトのピラミッド、オーストラリアのエアーズロック、ナスカの地上絵等々、人はなぜか自分では計り知れない大きなものを見たくなる。しかし、自分よりも大きな動物に出会ったときの感動というのは、それとはひと味違う。怖いという恐怖心よりもなんだか懐かしい、そして安らぎさえ感じるのはなぜだろうか。オーストラリアの東海岸に浮かぶフレーザー島で体験した世界一大きな哺乳類「ザトウクジラ」との出会いが、まさにそれだった。

フレーザー島は沖縄本土ほどのサイズでおおよそ800万年前に海流で運ばれた砂の堆積でできた、世界一大きな砂の島である。40ほどの淡水湖をはじめ水の資源が豊富で、多くの野生動物が棲息している。それは渡り鳥などがこの島に種を運んで、植物が生え、樹木が育ち、樹木が雨水を地下に蓄えるようになったからだと聞いている。美しいビーチのほかに、山あり砂丘ありというすばらしい大自然に恵まれ、フレーザー島は1992年にユネスコの世界自然遺産にも指定されている。

この島の北西部と大陸東海岸の間にあるプラティプス湾に、毎年決まって8月から10月中旬ごろザトウクジラがやってくる。ザトウクジラは、歌を歌うクジラとも言われ、一曲が30分以上にも及ぶ。彼らは赤道近くの暖かい海で出産を終え、南極へ向かうはるか12000キロの長旅の途中、体を休めたり子育てをするためにここに寄る。彼らは北極から南極まで、とてつもないスケールで悠々自適に回遊する。僕自身も仕事柄というか性分というか、ひとところにとどまらず旅をして生きている。プラティプス湾を訪れたのはそんな彼らに直に会ってみたいと思ったからだ。

潮の香りとともに迎える島の朝は格別だ。ボートに乗り込んで、1時間ほど沖へ出る。ザトウクジラの生息していそうな場所に着いたら船のエンジンを止め静かに彼らが現れるのを待つ。しばらく遠くに見えるフレーザー島を眺めていると、誰ともなく「あ、あそこ!」と声が上がった。でも、ボートの下に入ってしまったのか、何の姿も見えない。間もなく、すいっと現れては水に入る黒いものが現れた。でもすぐに潜ってしまう。尾びれを立てて垂直に潜り始めるとしばらく上がってこない。じれったくなった頃、何の音も立てず静かにゆっくりと黒い塊が目の前に現れた。体長10-15m体重45トン(4トントラック11台分だ!)にもなると聞いてはいたものの、ほんの数mという至近距離で見るクジラは、予想以上に大きく鳥肌がたった。でも、黒い鉄の塊の重圧感ではなく、温かく安心できるやわらかい塊のボリューム感だ。触りたい衝動に駆られた。

よく見ると2頭の親子クジラがいるようだ。母子は僕らの近くをゆっくりゆっくり回っている。触れそうなほど近くてカメラを構えると「プシューッ」と潮を吹かれ、カメラが濡れてしまった。いたずらっぽく僕のほうを見て、去っていく。「どう?きれいな虹だったでしょう?」とでも言うように。確かにこの上もなく美しい虹だった。

そのうちこれまたゆっくりと、でも今回は横に回転し始め腹を出した。野生動物というのはたいてい、人の前で腹を出すなんてことはない。これは、僕たちが襲うことはないという信頼なのだろうか、初めて会った僕たちを両手離しで受け入れてくれているからなのだろうか。確かにあの静かで悠々たる波動に触れて、攻撃的になるなんて考えられない。それどころか、その波動に包まれて僕は見ているだけで呼吸が楽になり、みるみる癒されていることに気がついた。

ふと「ああ、海そのものが彼らの家なのだ。」と思った。そう、北極から南極へと常に旅しているのだと思っていたけれど、それは少し違う。地球の海すべてが勝手知ったる我が家と考えれば、海底のどこに何があるのか、どこで何が起こっているのか、かれらは地球規模でそれらを把握しているのではないだろうか。彼らから懐かしさを感じるのは寝る事も食べる事も子育ても彼らは我が家でやっているわけだから、彼らの出す波動は当然地球という自分の家にいるという安堵感からくる彼らの大きな呼吸からくるのかもしれない。あれだけ人を警戒しないで近づきリラックスしていられるのは彼らが僕たちを含め地球という家に住む兄弟(地球上の全ての生き物)としてつながっていると感じているからなのだろうか。そんな彼らを見ていると知らぬ間にこちらも癒されてしまっていることに気がついた。こんな風に思えるのは僕だけなのだろうか?体長15mの黒い兄妹達にぜひ、また会いに行こう。

PS.

現在私は、バイオディーゼル燃料を自分の車で精製しながら世界一周中です。
2月12日にカナダのバンクーバーを出発して3週間、約3000kmを走破してロサンゼルスに到着しました。来月はその旅の報告をさせていただきます。

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