Home > 山田周生のグローバル・ジャーニー > 第30回
山田周生のグローバル・ジャーニー
山田周生のグローバル・ジャーニーTOP
山田周生のグローバル・ジャーニー

前回のページへBACK

次回のページへNEXT
第30回 「東日本大震災支援 〜菜の花で再生復興を目指す〜」

 

支援活動をしていたある日、地元の被災した農家からはこんな声を聞くようになった。「人の口に入れる作物は、この土地ではもう作れないと思う……」。ショックなど通り超して諦めたように話す姿に衝撃をうけた。しかし現場を見ればそれも無理はない。田んぼは水路が破壊され、車などの大きな瓦礫から、生活用品や建築材などの小さな瓦礫までぐっしゃり入り込んでいる。どこからか運ばれた泥の中に、漏れ出した燃料のようなものも見られた。海岸に近い土地は、地盤沈下のために海水が浸っていた。何十年もかかって作り上げた、作物の命を育む大切な「土」が、一気にはぎとられてしまっていたのだ。

 

そこで従来の支援活動をしながら新たに被災農地や荒地に菜の花を植える『菜の花大地復興プロジェクト』を6月頃に立ち上げることを決めた。大規模被害をうけた農地はさすがに無理でも、被災が中軽度な土地であれば、少しでも菜の花が復旧の助力になるかもしれない。でもなぜ菜の花なのか?その理由は様々ある。土地の瓦礫撤去や整備も進むし、根っこが土を柔らかくしてくれる。菜の花は塩分吸収率が他植物に比べて高い種があり、自然の力で塩分をゆっくりではあるが吸い上げてくれる。来春に黄色い花畑が咲けば人々に元気を与えてくれるし、犠牲者への手向け花にもなる。ナタネ油を絞って販売できれば、地元の方々への支援金ができる。もしまた災害が起きればバイオディーゼル燃料などに精製し、非常時の燃料にすることもできる。何より、地元の方にエネルギー地産地消のひとつの可能性を知ってもらうきっかけ作りにもなるに違いない。そんなことからだった。
偶然にも同時期に宮城県の東北大学の教授らが立ち上がり、同じような菜の花の取り組みがスタートしていた。僕らが訪ねると快く受け入れてくれ、専門家の協力やアドバイスも受けられることになった。また、日本全国にも「菜の花プロジェクト」があり、僕も日本一周の際に各地で立ち寄ってきたし、年に一度開催される菜の花関連の最大級のイベント「菜の花サミット」で講演もさせて頂いた経歴がある。そうしたノウハウや繋がりも活かすことができる。

 

プロジェクトを始動させ僕らはすぐさま地元の被災した農家さんを訪ねて回ったのだが、これが簡単ではなかった。まず代々継いできた土地を僕のようなよそ者に触らせてもらえるはずがない。支援を装った心ない詐欺行為に対する注意が呼びかけられていたこともあり、心を閉ざす人々もおられた。菜の花に賛同して頂いたものの「本当はぜひお願いしたいが、行政の復旧からとり残されたくないから、土地の審査が進むまで手つかずにしておきたい」と断られることも度々で、動きたくても動けない被災者の苦悩があった。僕らも土地の所有者に会うまでに何人も介し、何日もかかることも通常で、時間だけが過ぎて行くような感覚にもどかしさを感じるときもあった。
しかし重要なのはこのプロジェクトを行うことではなく、地域や人々がもつ悩みを聞き、共に向き合い、僕らにできることをお手伝いさせて頂くこと。根気よく訪ね、直面している課題に耳を傾けることに専念した。

そうして被災者の方々と会話を続ける中、「被災した町の花壇に菜の花を植えたい」というような声を頂けるようになり、少しづつその輪が広がっていった。こうして2011年の秋、「菜の花大地復興プロジェクト」では、釜石市、山田町、大船渡、陸前高田の、津波をかぶった農地や荒地など7カ所で計1ヘクタールに菜の花を植えることができた。今年の4月下旬頃には、黄色い花を咲かせてくれることだろう。地元の被災農家も「お花見をしたい」とその日を楽しみにしてくれている。どれくらい種がとれるかわからないが、初夏には可能な限り採種し、油を絞り、売り上げを被災地へ還元して支援に役立てたいと思っている。
秋に被災地に植えた菜の花は、現在厳しい冬越えをするために地べたに這うようにして葉を広げている。雪の下に隠れても厳寒の冬にぐっと耐えるのだ。やがて春を迎えるとぐんぐん健やかな成長を始め、やがて鮮やかな黄色い花を咲かせる。そうした植物のたくましい生命力に、被災地で必死に生きる人々の姿が重なる。

 

この「菜の花大地復興プロジェクト」は今後も続けていく予定だ。うれしいことに「ぜひ次のシーズンはナタネを植えたい」という声も頂いているし、高齢で増え続ける周辺の休耕田を活かすこともできる。そうして僕らの得意分野である「エネルギー支援」を継続して行い、将来はこの菜の花畑を増やし、複合的な自然・再生エネルギーの拠点を設けて、食料も自給し、自給自足型の拠点を作りたい。そこで地元と県外の人々を結びながら、未来の豊かな暮らし方の提案として、ひとつの自給自足循環型エネルギーモデルができたらいいなと思っている。

さて、まずは2012年。重要になるのが「人手」だ。採種や耕耘作業などやれることは山ほどある。短期から長期まで、日程に合わせてボランティアでお手伝い頂ける方はぜひ声をかけてほしい。ひとりでできないことも、10人、20人いれば可能になる。母なる大地と共に、心をひとつに、一歩づつ歩んでいこうと思う。

BACK 山田周生のグローバル・ジャーニーTOP NEXT
page top