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江戸散策
文 江戸散策家/高橋達郎
協力・資料提供/深川江戸資料館
第17回 さまざまなリサイクル産業が花開く江戸の町。
江戸名所図会

『江戸名所図会』
四谷内藤新駅(部分) 鏡研ぎ

写真右下:
鏡(木の蓋をかぶせた状態)

 200年も300年も前の話だから、職業も現代にないものがたくさんある。モノを修理、修繕する専門の職業が実にバラエティーに富んでいて面白い。
 メンテナンスは本来、販売業者や製造業者が責任をもってやるはずなのだが、長屋の住民などは行商人から物を買うことが多いため、修理するときも行商である修理屋に依頼することが多かった。

 『鏡研ぎ』は、曇った鏡をぴかぴかに磨いて町を回った。現在の鏡は、ガラスに銀メッキしてさらに加工が施され保護されていて長期間の使用に耐えられるが、当時の鏡は青銅の上に水銀をメッキしたに過ぎず、しばらくするとすぐ曇ってしまった。鏡研ぎは、表面を砥石で研ぎ直し、水銀、みょうばん、ざくろや梅の酸などを塗って磨きあげた。簡易的な水銀メッキをしたのである。

 穴の開いた鍋や釜をその場で修理する『鋳掛屋(いかけや)』は、七輪やふいごなどの道具を持参してやって来た。
 『焼継屋(やきつぎや)』というのもある。割れた茶碗や瀬戸物類を接着して再生する。うるしで接着したり、白玉粉と呼ばれるもので接着し加熱して焼き直した。ほんとうにこんなことで大丈夫かと、疑いたくもなるが、とりあえず使える状態にはなったということだろう。

右上に続く >

 

 これはなかなか便利だと思えるのは『朴歯屋(ほうばや)』だ。すり減った下駄の歯を入れ替えてくれる。鼻緒のすげ替えもしてくれる。ついでに新しい下駄も売っていた。
 生活用品を再生してくれる職人はまだまだいる。『提灯の張り替え屋』や『傘の張り替え屋』は、張り替えはもちろん屋号を書き込んでもくれる。煙管(きせる)の竹の部分を取り替える『羅宇屋(らおや)』はご存じの方も多いことだろう。『眼鏡屋』や『算盤(そろばん)直し』は、修理や調整もするし、販売も兼ねていた。

 いろいろなものを買い取っていく商売も多く存在した。『紙屑買い』の集めた紙は、すき直して浅草紙として再生された。粗悪な再生紙は落とし紙(トイレットペーパー)に使われた。驚くなかれ、江戸時代に紙のリサイクルはもう定着していたのである。

 ユニークなのは、『献残屋(けんざんや)』。贈答品を扱う業者で、するめや昆布などを買い上げ、また販売したという。早い話が、日持ちのする贈答品のつかい回しだ。参勤交代の際には、全国から土産物が江戸に集まった。将軍に献上したり、武家同士で贈答しあう習慣もあった。献残屋は、リサイクルショップそのものである。

ちょっと江戸知識「コラム江戸」
ゴミ収集と土地造成は、幕府の知恵。
長屋のゴミ捨て場
長屋のゴミ捨て場(共同で使用した)
 100万の人口をかかえた江戸は、いくら再利用が進んでいた社会にしても大消費都市である。当然ゴミは出る。それが社会問題化していくのは今も昔も変わりない。
 どこの長屋にも、写真のようなゴミ捨て場があった。手前には、たまったゴミを出しやすいよう開閉可能な扉が付いている。どんなゴミが捨てられたのだろうか。茶碗のかけらのようなもの、生ゴミや貝殻、再利用し尽くして用途のなくなった生活用品などが捨てられた。
 増え続けるゴミ処理対策として幕府は、埋め立て地に利用することを決め、明暦元年(1655)から永代島(現在の江東区富岡八幡宮あたり)の干潟に船で運ばせた。
 永代島がいっぱいになると、享保15年(1730)からは越中島に場所を移した。ゴミを運んだのは、幕府認可の専門業者「芥取請負人(あくたとりうけおいにん)」である。費用は町単位で負担した。人口が増える。ゴミも増える。狭い下町、ゴミで土地を造成すれば一石二鳥だ。
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