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江戸散策
文 江戸散策家/高橋達郎
コラム江戸
第59回 花見は、日本人が誇る大衆文化である。
『江戸名所道戯尽 五 飛鳥山の花見』 広景 (左に見える石碑は今も残る飛鳥山碑)出典:国立国会図書館貴重書画データベース

『江戸名所道戯尽 五 飛鳥山の花見』 広景 (左に見える石碑は今も残る飛鳥山碑)
出典:国立国会図書館貴重書画データベース

「花見だぁ、花見だぁ」と騒ぐのは、どうやら日本人だけらしい。美しい花を観賞するというのは古今東西どこにでもあるが、仮に花見を「屋外の桜の下で複数の人が一緒に飲食する」と定義しただけでも、それはもう日本だけのことになりそうである。
この日本特有の花見風俗は、江戸時代にしっかりと根をおろした。江戸時代以前から花見という風習はあったが、太平な世の中になってだんだん広まったといえるだろう。精神的にも経済的にも、そこそこ余裕がないと花見などは楽しめるものではない。元禄の景気のいい時代を通して享保年間(1716〜1736)には、一般庶民、老若男女が普通に花見を楽しむようになった。

花見が大衆化していくには、まず桜の木がなくては話が始まらない。江戸の花見文化に大きく貢献したのは8代将軍吉宗。江戸や江戸近郊に桜の木がもともと数多くあったわけではなく、それらはみな植樹したものだ。吉宗は隅田川東岸の向島(むこうじま)、この浮世絵に描かれた王子の飛鳥山(あすかやま)、小金井の玉川上水沿いなどに桜の木を植えた将軍として知られている。その場所は、江戸の桜の名所として有名になり浮世絵の題材にもなって、多くの人が押し寄せる花見スポットとなった。大名も下級武士も、町人も長屋の住民も胸をおどらせて春の行楽に出かけたようである。
今もこれらの場所で私たちは花見ができる。吉宗将軍に感謝したいところだ。とはいっても、桜がそのまま残っているわけではない。後年もこの地に次々に桜が植えられたからである。しかも現在の桜はこの時代の桜と品種が違う。当時の桜は「山桜」や「エドヒガン」と呼ばれる野山に自生していたものだ。現在は「染井吉野」が主流になった。この品種は江戸後期に染井村(現在の豊島区)の植木屋が品種改良して売り出したもので歴史はまだ浅い。ただ、成長が早く花も大きく美しいのでどんどん広まって現在に続いている。

花見のルーツは奈良・平安の宮中行事にあるとされている。歌を詠みながらの桜の遊宴は、さぞ格式の高い花宴だったことだろう。吉田兼好(鎌倉時代)は徒然草のなかで『花は盛りに、月はくまなきをのみ見るものかは…』と述べ、満開以前の桜や満月以前の月こそが美しいという高尚な花見観、月見観をもっていた。
飛鳥山の花見の主役は江戸庶民である。桜の咲き具合など、そんなのカンケイナーイのである。この浮世絵のように桜が咲いて、飲んで歌って踊って大騒ぎすればそれでいい。飛鳥山ではそんな花見が許されていた。女性が男装したり殿様になったりコスプレもOK。「茶番」と呼ばれる寸劇を演じる者もいる。日頃のウサ晴らしをしてお互いに親交を深め合ったのだった。また、花見は男女の出会いのチャンスでもあったようで、女性は花見用の着物を誂(あつら)えたり、朝早くからお弁当をつくって、おめかしして出かけた。現代の花見も江戸時代とさほど変わっていないような気もするのだが…。

飛鳥山(飛鳥山公園/東京都北区王子1-1-3) 現代の花見風景
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飛鳥山(飛鳥山公園/東京都北区王子1-1-3) 現代の花見風景
飛鳥山の花見で羽を伸ばそう。

JR王子駅を降りれば飛鳥山はすぐそこである。山というより、ちょっとした高台というほうがふさわしく、気軽に登ることができる。今も桜の時季には花見で賑わう。二百数十年前の江戸の人々の様子を想像しながら、同じ場所で花見をするというのも趣がある。何を持参したのだろう。何を食べたのだろう。酒や肴は…?
落語の「長屋の花見」からは、当時何を食べたかが分かる。長屋の大家が店子を引きつれてワイワイガヤガヤ花見に行くストーリー。あまりにもケチな大家は、とっくりに酒の代わりにお茶を入れ、蒲鉾(かまぼこ)に見せかけた大根の半月切り、玉子焼きの代用に黄色い沢庵(たくあん)を持って行った。店子に「なんとうまいお茶けだろう」となじられ、最後に「長屋にも縁起のいいことがありそうですね。その証拠にお茶け柱が立っています」と落ちる。貧乏長屋の住民でさえ、酒のつまみに蒲鉾や玉子焼きくらいは持っていったようである。三味線や太鼓などの鳴り物は、今はカラオケになった。
花見に行ったら、飛鳥山碑をぜひ見ておこう。元文2年(1737)建立、桜を植えた吉宗の顕彰碑である。美しい文字も現代人にはまったく読めない。それもそのはずで、難解な碑(東京都指定有形文化財/古文書)として有名だ。

文 江戸散策家/高橋達郎
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