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江戸散策
文 江戸散策家/高橋達郎
協力・資料提供/深川江戸資料館
第2回 「宵越しの銭は持たない」って、どんなお金?
貨幣写真
●貨幣の種類と寛永二年(1625)に決められた公定換算率
金貨 計数貨(表記貨)




大判


小判
二分判
一分判



四進法

金10両だが、それ以上の値うちがあった。
上級武士間の贈答用として使われた。
「黄金何枚」などという。
金1両=銀60匁=銭4,000文
1/2両=銀30匁=銭2,000文
1/4両=銀15匁=銭1,000文
二朱金 1/8両=1/2分=銀7.5匁=銭500文
一朱金 1/16両=1/4分=銀3.8匁弱=銭250文
銀貨 秤量貨

計数貨(表記貨)


丁銀
豆板銀
五匁銀
二朱銀一朱銀
一分銀
十進法




43匁、これに豆板銀17匁を添え金1両と同じ。
秤にかけてはかる。単位は貫・匁・分・厘・毛。
12個で1両
8個で1両
1/16両=1/4分=銀3.8匁弱=銭250文
1/4両=銀15匁=銭1,000文
銭貨 計数貨(表記貨)


一文銭
四文銭
十文銭
百文銭
十進法


慶長通宝・元和通宝・寛永通宝等
文久永宝等
宝永通宝等
天保通宝
4,000文=1両
1,000個=1両
400個=1両
40個=1両
※十進法と四進法の「計数貨」と、重さをはかる「秤量貨」とがあった。秤量貨の「豆板銀」は切り取って使う。
※天保11年(1840)江戸での換算率 金1両=銀63.6匁=銭6,980文 銀1匁は銭約110文

 江戸っ子気質がよく表現されている落語に『三方一両損(さんぽういちりょうぞん)』がある。左官の金太郎が拾った財布には、三両のお金が入っていた。書き付けをたよりに大工の吉次郎へ届けに行くのだが、お金は、拾った人のものだと言って何としても受け取らない。一杯やっていた吉次郎は、お金を受け取れば今夜中に使いきれない「宵越しの銭」になってしまうと言い張る。金太郎もお金は欲しくないと言って、引き下がらない。

 ここで、落語をはじめテレビの時代劇などをもっと楽しめる方法をひとつ提案しよう。それは、ちょっとした貨幣制度の知識をもつことだ。間違いなく面白さは倍増する。
 まず、金貨、銀貨、銭貨の三種類の貨幣があった。この三貨制度は、お金と身分に密接な関係をつくり出した。幕府の家臣である武士階級(旗本、御家人)は俸禄をお米でもらったが、札差や商人に頼んで金貨・銀貨などの貨幣にかえて生活した。一方、長屋に住む位の職人や日雇いなどの庶民は、金貨や銀貨を手にすることはまずなく、もっぱら銭貨を使っていたのである。

右上に続く >

 

 銭貨の代表格は、寛永通宝。寛永13年(1636)から鋳造された。銅貨もあれば鉄貨もある。話がそれるが、お金のことをお足と呼んだのは、この貨幣からきているのだそうだ。足尾銅山の銅を使った寛永通宝があるからだ。天保銭(天保通宝)もかなり流通した銭貨である。これらのお金、今ならどれ位になるのだろう。金一両が10万円、銀一匁が2千円、銭一文が30円位か。そばの値段から考えると、一文25円程度とも思われる。この数字は、とりあえず目安として覚えておくと便利かもしれない。

 ところで、『三方一両損』を続けよう。金太郎と吉次郎は、すったもんだの揚げ句、大岡越前守の裁きを受けることになる。越前守は正直者の両人をたたえ、行き場のない三両を預かると同時に一両出して、二両ずつ褒美を取らせるという粋な裁定を下す。つまり、三方が一両ずつ損をすることにより収拾をつけた。
 この噺、三両拾ったとか一両損したとか、いやに高額じゃないかと筆者は思った。大工が三両(約30万円)も持ち歩くことは、そうはないだろう。『文政年間漫録』によれば、大工の日給は四匁二分(四百二十文)、それに飯米料として一匁二分(百二十文)とある。まあ、『三方一匁損』というのも拍子抜けするし、仕方なかったんだろうけど…。

ちょっと江戸知識「コラム江戸」
江戸っ子の生まれ損ない金をため。
寛永通宝と銭縒
寛永通宝(鉄一文銭) 銭縒(ぜにさし)
 この川柳には、金銭に執着しない清貧を尊ぶ気風が強かった時代背景がある。庶民の約半数が職人で占められていた江戸。親方クラスや一流の職人ともなれば、貯蓄もできただろうが、庶民はそうはいかなかった。だから、たいした貯蓄もできなかった庶民のやっかみと皮肉が、この川柳の裏に隠されているとみたほうがいい。
 庶民のお金は寛永通宝のような銭貨。面白いのは、一文銭96枚を紐に通してまとめれば、100枚分の百文として通用したことだ。今の感覚だと一束2〜3千円位。この束を「銭緡(ぜにさし)」と呼んだ。四文の差は、数える手間賃と言われている。実際に数えてみたら、かなり面倒くさい。合理的なシステムを考えたものだ。
 庶民にはお金を預けるところが無かった時代(必要もなかったと思うが)、毎日一文銭を紐に通して貯めている人の姿を想像するだけでも楽しい。
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