真夏の江戸を想像してみよう。『盛夏路上の図』を眺めていると、いろいろな江戸庶民の姿があって興味深い。
おそらくこの場所は、日本橋か京橋あたりの大通りだ。大きな道路の歩行者天国のようなノリである。暑い路上で何やら商売をしている者が多い。暑い夏も路上に活気があり、みんな楽しそうだ。
図の上部では、水菓子屋(当時は果物を水菓子と呼んだ)の出店がスイカを切り売りしている。
右上には「利根川」と書かれた看板。「鯉」の字も見える。おそらく利根川産の鯉の洗いを酒の肴に出したのだろう。路上に店を開いたビアガーデンといった雰囲気である。
図の左下には、「天ぷらの屋台」が出ている。真夏にも天ぷらという食べ物は庶民に好まれたようである。暑いから、油っこいものも必要ということだろうか。
そのすぐ右は、「冷水売り(ひやみずうり)」。天ぷら屋台の横で水を売っているのは、なかなか賢いではないか。これも江戸では一般的な商売で、深い井戸からくみ上げた冷たい水を桶に入れ、天秤棒(てんびんぼう)で担いでやって来た。お好みによって、白玉団子や砂糖を入れることもできる(別料金)。なぜこんな商売があったかといえば、飲み水が貴重だったという事情もあるが、庶民も気軽に飲めるほど安かったからである。私たちが自販機でジュースを買って飲む感覚だろう。しかし冷水の名の通りに、ほんとうに冷たかったとはとても思えないのだが…。
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その右側のふんどし姿の人物に注目しよう。この図の最も面白いのは、実はこのシーンである。彼の身なりでなく、やっていることがとにかくユニークなのだ。これを「水撒き男(みずまきおとこ)」と呼ぶ。底に穴を空けた水桶を担いで歩き回る、つまり道路に打ち水をしているところ。何もボランティアで水を撒いているのではない。通りに大きな店舗を構える大店(おおだな)に依頼されたり、家ごとにその間口に水を撒いて料金を取る立派な商売である。何と非効率な作業であり重労働だろうか。でも、これがやはり江戸なのである。実際、このような大通りは人通りも多く、土ぼこりもすごかった。商品を陳列するお店にもきっと喜ばれたことだろう。
現代の東京はとにかくムシ暑い。今ほどではないにしろ、江戸の夏も確かに暑かったが、アスファルトもコンクリートもない江戸の町は通りに水を撒くだけで、かなり涼しくなったのではないだろうか。地球温暖化とは無縁の時代、江戸の人々は夏の暑さを楽しんでいるかのようだ。クーラーなどは不要なのだ。
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