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江戸散策
文 江戸散策家/高橋達郎
コラム江戸
第46回 雪見は庶民の娯楽、粋人の嗜みでもあった。
『江戸名所図会』二軒茶屋 雪中遊宴之図 (雪見や月見で有名だった高級料亭)
『江戸名所図会』二軒茶屋 雪中遊宴之図 (雪見や月見で有名だった高級料亭)

雪景色を楽しむという感覚は、今の東京人にはあまりない。雪が降ったから雪見に出かけよう、ということはまずないだろう。スキーや温泉に出かけるにしても、雪景色は二次的なものだ。その点、江戸の人々は実にうまくこの自然現象との付き合い方を心得ている。花見や月見と同じように雪見を楽しんでいた。

この図会は料亭での雪見の宴を描いたもの。場所は深川の富岡八幡宮境内にある高級料理屋「二軒茶屋」。なかなか豪勢な酒宴だ。庭や手前の松には程よく雪が降り積もっている。
話がそれるが、図中の人間関係を想像してみると面白い。宴の主らしき人は立派な火鉢を前にして背中を庭に向けている。対面の大男に雪見酒を振る舞っている様子だ。何でまたこんな大きな杯で酒を飲んでいるのだろう。どうも風体からしてお相撲さんのよう。江戸時代、大名や有力商人はお抱えの力士がいたというから、そんな関係かもしれない。料理も立派そうだ。鯛の尾頭付き以外はよく分からないが、『江戸名所図会』文中には、「二軒茶屋と称する貨食屋(料理屋)ありて、遊客絶えず、かき・しじみ・はまぐり・うなぎの類……」と紹介されている。
取り巻きの人にも注目したい。周りにはべるは深川芸者、左奧には太鼓持(たいこもち)がいることからも、かなり豪華で立派な酒宴といえるだろう。太鼓持とは料亭や遊廓の酒席を盛り上げる芸人のこと。なぜか、美しい雪景色を見ている人は誰もいない。

このような贅沢な雪見ができたのはごく一部の富裕層に限られたが、庶民は庶民の雪見のスタイルがあった。雪景色を見るだけなら基本的にタダである。江戸には雪見の名所といわれる場所があり、冬の行楽として雪見に出かけたようだ。
隅田川の周辺、上野、不忍池、湯島、道灌山、日暮里の諏方神社、飛鳥山、愛宕山など。眺望のよい小高い場所が好まれた。面白いことに、雪見の名所は月見の名所と重なることが多い。
江戸での雪見が人気だったのは、雪見をテーマにした広重の浮世絵、数多くの図会などが残されているのをみても分かる。

今では想像できないが、江戸の人々の雪見はごく一般的なことだった。名所に出かけるのもいいし、隅田川に雪見船を浮かべて雪見を楽しむという手もある。長屋の猫の額ほどの裏庭に降った雪を見ても、それはそれで雪見だったのではないだろうか。そんなこと、ぜんぜん風流じゃないという人もいるだろうが、江戸の人々はそこに風流を感じ得たと思う。四季を無理なく受け入れ、楽しみ、自然現象を自然に享受できる能力と精神構造を持ち備えていたのだった。

長命寺(東京都墨田区向島5-4-4)
ちょっと江戸知識 コラム江戸
長命寺(東京都墨田区向島5-4-4)
いざさらば 雪見に転ぶ ところまで

芭蕉の句碑が長命寺にある。隅田川東岸、向島の長命寺は江戸中期頃から雪見の名所として広く知れ渡っていた。この句は実際は芭蕉が熱田神宮(名古屋)に詣でた際の句で、『笈(おい)の小文』所収。芭蕉門人が、もっとも有名な雪見の場所に、もっとも有名な俳人の句碑を建立したということだ。2メートル以上もある堂々とした碑である。俳句の世界ではかなり知られた句碑らしい。
この句の前に芭蕉は実は二つの句を詠んでいる。
「ためつけて 雪見にまかる かみこかな」
「いざ行かん 雪見に転ぶ ところまで」…どちらも雪見会に出かけるときの心躍る心境だ。ためつけるは着物の折り目をただすこと。かみこ(紙子)は旅行に携帯する和紙の着物で夜具に用いた。江戸の人々は飲食の伴う雪見が楽しみだった。「さあ雪見に出かけよう、途中すべって転んでもまぁいいか」くらいの意か。一方で、行くを「逝く」、雪見を「逝く身」という重いとらえ方もある。

文 江戸散策家/高橋達郎
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