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江戸散策
文 江戸散策家/高橋達郎
コラム江戸
第55回 行灯は、どれくらい明るかったのか。
『江戸名所百人美女 千住』三代 豊国 (遊女が行灯の灯油を確認している様子) 出典:国立国会図書館貴重書画データベース
『江戸名所百人美女 千住』三代 豊国 (遊女が行灯の灯油を確認している様子)
出典:国立国会図書館貴重書画データベース

暮らしのなかの「照明」はどうだったのだろう。特に夜はどうしていたのだろうということを想像してみよう。電気はない、石油も江戸時代はまだ使われてはいない。石油ランプは明治以降の照明器具である。電気やガス、石油をエネルギーとした照明器具を使うようになっ たのは、長い歴史のなかからみれば、つい最近のことで、まだまだ歴史は浅い。蝋燭(ろうそく)はもちろんあったが、残念ながらあまりにも高価で、江戸庶民が日常使えるものではなかった。

行灯は、江戸時代の代表的な照明器具だ。行灯の中で燃やすのは、動物や植物の油である。結局何かを燃やさなくてはならない。この油のことを灯油(ともしあぶら)という。“とうゆ”と読んだら石油になってしまうので注意したい。“とうゆ”の読みは、石油ランプの普及に伴って使われ始めたと思われる。ではどんな灯油を使用したか。菜種油(なたねあぶら)や魚油(ぎょゆ)が主な燃料である。菜種油は食用でもあり、品質的にも高級な灯油だった。魚油は主に鰯(いわし)の油を原料としたものである。菜種油は蝋燭よりもはるかに安かったが、庶民にはやはり高価で一般的には魚油を用いた。魚油は菜種油の半値ほどだったという。魚油は安かった反面、燃えるときに煙と臭いを多量に出すのが難点だった。
この浮世絵は安政年間(1854~1860)のもので、当時もっとも一般的な行灯が描かれている。女性は宿場町千住(せんじゅ)の遊女、このような遊郭で使う行灯の灯油は上等な菜種油である。遊興の場で魚の生臭いニオイがしたのでは、場もシラけてしまうだろう。
行灯の一般的な構造は、和紙を周りに貼った木枠の内側(真ん中辺り)に梁があり、そこに火皿が固定できるようになっている。火皿には灯油を入れ、灯芯(灯心用のい草が用いられた)を浸して点火する。台となっている部分は下が広がっていて、防火上転びにくい形状だ。また、この四面の障子紙のうち一面は上にスライドできるタイプもあり、明るい光が必要なときはこれを開けて使う。

さて、行灯の明るさだが、一般的には豆電球くらいといわれている。新聞がやっと読めるか読めないかくらいの明るさだろう。しかし、暗くて大変だったと案ずるには及ばない。一般の暮らしにはまったく支障がなかったといっていい。江戸時代に残業などはない。読み物などは昼間の明るいうちに読めば事足りる。一日の活動時間の考え方を日の出から日没までとする旧暦(太陰太陽暦)が採用されていたのは、理にかなったものだった。
旧暦のなかで暮らす江戸の人々は、家の中において照明などは不要だったのかもしれない。現代人が行灯を照明としてとらえることに無理があるとも思える。行灯はもともと「あかり」なのである。考えてみれば「照明」とは何と機械的な言葉だろうか。行灯のあかりはやわらかくやさしい。行灯があたりを照らす時間は、家族が会話をしながら就寝までの和(なご)みの時間でもあったことだろう。

置行灯(おきあんどん)丸型 (深川江戸資料館)
ちょっと江戸知識 コラム江戸
置行灯(おきあんどん)丸型 (深川江戸資料館)
油売りは、誤解されやすい?

行灯という漢字からも想像できるように、初期の行灯は夜外出するときの明かりだったようだ。携帯に便利な小型の行灯だった。提灯(ちょうちん)が普及する前の時代の話である。提灯は以前よりあったはずだが、蝋燭(ろうそく)が貴重で高価なものだったということだろう。
外出用の行灯に対して、屋内のものは特に「置行灯」とも呼ばれる。行灯のデザインは数多くのものが考案されている。角形を基本に丸形(写真)もあれば、有明行灯(ありあけあんどん)と呼ばれる手の込んだもの(月の形に光が漏れるようにしたり、光量を調節できる)もある。
写真の行灯は長屋に置かれたもので、行灯が江戸の人々に広く一般に使われていたことが分かる。行灯の下方に置かれている急須のようなものは油差(あぶらさし)だ。これで行灯の灯油がなくなれば継ぎ足していく。空になれば、油売りの行商人から油を量り売りしてもらう。
油売りは、量った最後の一滴まで油を油差しに入れてやることが求められた。油の滴(しずく)が切れるまでは当然時間がかかる。その間は世間話をして間をもたせた。その様子が無駄話をして仕事を怠けているようにも見えた。「油を売る」という言葉はここから生まれている。

文 江戸散策家/高橋達郎
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