べったら市とは、べったら漬けの市が立つお祭りだ。ところで、べったら漬けとはいったいどのような漬け物だっか記憶がはっきりしない人が多い。周りの人に聞いても、名前は知ってはいるけど、食べたことがあるような、ないような、関西のダイコンの漬け物の名称かな?なんていう人もいて、どうもおぼつかない。若い世代に至っては知らない人がほとんどだった。
米麹で漬けた浅漬けのダイコンがべったら漬けである。ダイコンに甘酒をまぶしたような感じで、漬けたダイコンのサクサクした歯触りとともに心地よい甘味が口の中に残る。見た目も真っ白で涼しげである。べったら漬けは現代人にとっても、かなり美味しい食べ物だと思う。今あまり食べなくなったのが不思議なくらいだ。
べったら漬けはデパ地下でも買えるだろうが、恵比寿講のべったら市で買うのも風情があっていい。毎年10月19日・20日、日本橋宝田恵比寿神社の恵比寿講に行けば、神社周辺で開かれるべったら市で誰でも気軽に買える(神社への参詣もお忘れなく)。恵比寿講はお祭りであり夜店も出るので夕方出かけるのがおすすめ、毎年多くの人で賑わっている。江戸後期にはもうここでべったら市が開かれていたということから考えると、ここのべったら漬けが正真正銘、正統なべったら漬けということになりそうである。
そもそも“べったら”とは何を意味しているのかと気になって、神社からいただいた案内書を見れば、『…若者により浅漬けダイコン(べったら)を混雑を利用し、参詣の婦人にべったらだーべったらだーと呼びながら着物の袖につけ、婦人たちをからかったことから、べったらの呼び名になったと伝えられている』とある。他にもべたべたするからべったら漬けというもっともらしい説もあるが、こちらはイマイチ面白さに欠ける。祭りでの江戸っ子のたわいない悪ふざけは容易に想像できるので、べたべたするべったら漬けを着物に漬ける振りをして女性をからかったということにしておこう。
恵比寿講は七福神の一人、恵比寿(=恵比須、愛比寿、蛭子、夷)の祭りで江戸の人々の信仰は厚かった。大きな鯛を釣り上げ抱えている姿から、漁業や海の神様であり商業の神様、福の神様でもある。江戸の商家では商売繁盛を願って恵比寿神を祀り、恵比寿講と称して宴会を開いた。天保9年(1838)刊行の『東都歳事記』には、親戚、縁者、奉公人、お得意様などを招いて酒と料理でもてなし、無礼講のどんちゃん騒ぎをする商家の様子が詳しく紹介されている。
恵比寿講は年に二回、1月20日と10月20日が当てられている。10月のほうが盛んだったのは、収穫への感謝の意もあったのだろう。供え物も豊富に出揃う。そのなかには当然ダイコンもあり、恵比寿講のべったら市へと続いているのである。10月は神無月(かんなづき)、神様がみな出雲に行って留守になる月も、恵比寿神は恵比寿講があるためそうもいかず忙しい。例外的な神様である。 |