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コラム江戸

SDGsは江戸時代にもあった!?

『江戸名所図会 柳原堤』 手前の柳原通りは古着専門、当時のファッションストリート。
出典 国立国会図書館貴重画データベース

今、盛んに叫ばれているSDGs。持続可能な開発目標と訳され、2015年、国連サミットにおいて加盟国が合意した世界共通の目標である。この考え方は、お気づきのように今に始まったことではない。江戸時代のSDGsといえそうなものを、庶民の暮らしのなかにみてみよう。SDGsの17ある目標の一つに「つくる責任、使う責任」、つまり持続可能な生産と消費がある。そこで、身近な江戸庶民の「着物」との関係に目を向けてみたい。

庶民が日常着ている着物は、古着である。長屋の住民が高価な新品の着物を買うことはまずない。江戸には数多くの古着屋が店を構えていた。日本橋富沢町、大伝馬町、小伝馬町辺り、それに図会の神田柳原堤(かんだやなぎはらのつつみ)。「柳原土手」と呼ばれ、後方には神田川、道に沿って軒を連ねているのは、みな古着屋だ。
柳原土手の特徴は、どちらかというと古着のなかでも安価なものを扱っていたようで、富沢町辺りから回ってくる着物もあった。そう立派なものを着なくても、庶民は肩身の狭い思いもせずに着ることができた時代、柳原土手に出かけるのも着るのも楽しみだっただろう。古着屋が集まっていて品揃えも豊富、気に入ったデザインを安く手に入れることができた。賑わいをみせた柳原土手は、いわば庶民のファッションストリートといったところ。
一方、新品の着物といえば有名なのは三井越後屋、大丸屋、白木屋など。こちらは呉服(絹物)で基本は反物の商いである。反物の段階で商品を選び、仕立ててもらうことになるから、時間もかかるしお金もかかる。当然、客はかなりのお金持ちで、高級な呉服店は長屋暮らしの庶民には縁遠い存在なのである。
庶民が身に付けたものは絹ではなく安価な木綿。当時は絹の生地を呉服というのに対して、木綿や麻の生地を太物(ふともの)と呼んだ。絹よりも木綿や麻のほうが繊維が太いからだろう。
いずれにしても、新品の呉服も古着も店から人へ、古着屋へ、そしてまた人や古着屋へと渡っていったのである。そういう流通システムが自然に出来上がっていた。


  • 古着屋『江戸職人歌合』

  • 古着買い『守貞謾稿』

さて、古着屋で買った着物は、その後どうなるのかを見届けてみよう。着古した着物は、子どもがいれば仕立て直して子どもの着物を作る。オシメも作れる。端切れは手ぬぐいにしてもいいし、下駄の鼻緒などちょっと気の利いた活用法もある。
また、懐が厳しいときなどは、着た着物を「古着買い」に売るという手もあった。「古着買い」は、あちこちを回って古着を買い集め、古着問屋や古着屋に転売する商売である。


  • 灰買い『守貞謾稿』

「古着買い」に出さない古着は再利用を重ね、最後は雑巾にでもしたのだろう。が、何とその続きがあった。
布類は、竈(かまど)に入れれば焚き付けになった。煮炊きの後には、燃料である藁(わら)や薪などと一緒に灰になる。それをまとめておけば、「灰買い」という商人が買い取ってくれた。ゴミともいえる邪魔な灰が価値のある資源になる瞬間だ。
「灰買い」は灰を買い集め、長屋にも各戸の頃合いを見計らってやって来た。この商売が成り立つ理由は、灰は土壌改良や肥料としての需要があったからだ。関東ローム層は酸性土壌のため、アルカリ性の灰はそれを中和してくれるので重宝された。他の使われ方も色々あり、陶器を作る際の釉薬(ゆうやく)にも灰は必要だった。

江戸時代のSDGsを着物を例に挙げてきたが、本当に無駄がないことに気づく。使って、使って、使い回し、使い切ることが、当たり前の社会だったのである。

文 江戸散策家/高橋達郎
参考文献『江戸名所図会』

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