ショールームを
探す/予約する
秋のびっクリナップ!フェア
秋のびっクリナップ!フェア
正しい表示が行われない場合があるため、JavaScriptを有効にしてください。

サイト内コンテンツ

コラム江戸

東海道のイミグレーション、箱根関所。

『東海道箱根山中図』 (文久3年) 五雲亭貞秀

『東海道箱根』 (文久3年) 一光斎芳盛

関所は、幕府が江戸防衛や治安維持のために街道に設置した検問施設だ。関所はいわば現代のイミグレーションで、出入国を審査する場所、機関だった。通過するために必要な「通行手形」「往来手形」は、「パスポート」に相当する。一般人の通行手形は居住地の名主や大家が、往来手形は旦那寺が発行してくれた。一種の身分証明書であり、この書面を携えて関所通過の審査を受けたのである。


  • 大番所と高札

  • 左/伴頭 右/横目付

復元されている現在の箱根関所を覗いてみよう。左の写真は江戸口御門(江戸方面から関所に入る門)を入った所で、その先を進むと京口御門(江戸方面から入った場合は出口の門)がある。黒い建物「大番所」の中では何人もの役人が控えていて取り調べ・チェックを行う。右の写真は内部、関所の最高責任者の「伴頭(ばんがしら)」を筆頭に「目付」や「番士」などの役人で固めている。後ろには「鉄砲」「弓」「靭(うつぼ/矢入れ)」が整然と置かれて、幕府の威厳・権威を示すものだろうが何とも仰々しい雰囲気である。なお、幕府の命令のもとに設置された箱根関所は小田原藩が担当した関係で、ここに詰める役人は大部分が小田原藩士だった。

東海道にあった関所のうち重要な関所は、箱根関所(現神奈川県足柄下郡箱根町)と新居関所(現静岡県湖西市)の2つ。「入鉄砲に出女(いりてっぽうにでおんな)」の言葉があるように、箱根関所では「出女」を厳しくチェックした。新居関所では主に「鉄砲」が江戸方面に入らぬよう監視した。幕府は大名の謀反対策として、大名の妻子を人質として江戸に住まわせたため、これらの女性が無断で江戸から離れて国許に逃げないよう見張ったのである。

  • 女改の様子
    後ろの女性が前の女性の髪を解いて
    中に何か隠していないか調べている。

この「女改(おんなあらため)」は、武家だけでなく一般庶民の女性も同じで、念入りに顔や体を調べたようだ。女改は年輩の女性が担当し、持参している証文(女通行手形)に書かれた内容が本人と合致(顔かたち、ほくろの位置、身体の特徴など)しているかを確認した。女改は別名「人見女(ひとみおんな)」。また「改婆(あらためばばあ)」とも呼ばれたことから考えると、通行者からは疎まれていたのだろう。


  • 『箱根・湖水図』 広重

  • 箱根旧街道杉並木

広重の有名な東海道五拾三次『箱根・湖水図』は誇張もあるが、箱根の険しさをよく表している。左側が芦ノ湖で、大名行列はどうやら江戸方面から箱根関所に向かっているようである。
〽箱根の山は天下の険〜、で始まる「箱根八里」は明治時代に作られた唱歌(作曲:滝廉太郎)だ。天下の険とは、国中で最も険しい通行の難所という意味で、それが八里(約32km)ある。小田原宿から箱根の関所を通って三島宿までが八里にあたる。
続く歌詞は、〽万丈の山 千仞(せんじん)の谷 前に聳え後(しりえ)に支(さそ)う、雲は山を巡り 霧は谷をとざす、昼なお闇(くら)き 杉の並木…。歌詞の中の、「一夫(いっぷ)関(かん)に当たるや万夫も開くなし」の一節は、「一人の兵が関所を守れば、一万人の敵兵が攻めてきても破れない」ほどの関所の堅固、強さを謳ったもので、箱根関所に通じるものがある。

箱根関所を訪れる際、周辺ではずせないスポットがある。箱根旧街道杉並木、心地よいウォーキングが楽しめる。とはいっても、花粉症の方は、花粉が飛ばない期間だけにしたほうがいい。

文 江戸散策家/高橋達郎
参考文献/『箱根関所のみどころ』箱根関所
浮世絵出典/国立国会図書館貴重画データベース

文章・画像の無断転載を禁じます。